雪かき仕事

e0105846_18505885.jpg16年ぶりとか、20年ぶりとか、とにかく久しぶりに東京に大雪が降りました。

とはいえ降ったのは休日だったので、通勤に難することもなく、わが家の場合はおかげさまで、特に何も困難はなかった気がします。

雪が積もると、ようぴが「雪かきしなきゃ!」といつも言います。わが家はマンション住まいなので、平日なら管理人さんが敷地内はしてくれるだろうし、特に自分たちがしなきゃいけないことはないのかもしれません。でも敷地外の公道は誰も雪かきをしません。そのまま放置していたら、翌日は踏み固められた雪が凍ります。だから、雪かきはしたほうがいい。

こういう「誰もやりたりたがらないけれど、誰かがやらないと困る仕事」を、彼は「自分の仕事だ!」と思えるところが、えらいな~と親ばかながら思うのです。誰かにほめられたいわけでも、対価を期待しているわけでもない、というところも。

村上春樹もその小説「ダンスダンスダンス」の冒頭で、そういう「雪かき的仕事」について語っています。主人公が、雑誌の穴埋め記事を書く自身のライター仕事もまた、「雪かき」と同じようなものだと。書く内容はどんなものでも、誰が書いてもいいようなものだが、雑誌の隙間という場所はどんどん生まれるから、誰かが書かなきゃいけない、どんどんこなしていかねばならない。そういう仕事を誠実に淡々とこなしていくことが、とても大切なのかもしれません。

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で、こういうとき、ようぴをおいかけるこっちゃんはもちろん「行く~!」となり、そうくんも「じゃ、ぼくもいこうかな」と言う。

でもここで、なんとなくついてきている風のそうくんが、最後まで一番まじめに働くのですよ。ようぴは最初こそ威勢がいいのけど、だんだん飽きてきて、途中からは自身の芸術的仕事(雪だるま作りとか)に夢中になるのです。

一方そうくんを探すと、遠くまで、ひとり黙々と作業を続け、隣のマンション前の雪かき済み道路まで、自分の道をつなげていたりします。集中力、持続力共にあって、淡々と仕事をする。そうくんらしいな~と改めて思ったりします。

余談ですが、マンションのとある住人が私たちが雪かきしているのを横目に、自分の車の上に積もった雪だけ道路に払ってさっさと帰って行きました。

ありがとうを期待しているわけでも、一緒にやってもらおうとも思ってはいませんが、「自分さえよければいい」といった風に見え少しかなしくなりました。

その家の、自分の車の雪だけ落として帰っていった住人の周りだけは、雪かきするのやめようかと心の小さい私は思ってそうくんに相談したら、「ぼくはやるもよし、やらないもよし、母ちゃんの気持ち優先」と言う。うーん、お前はなぜいつもそうやさしすぎるというか、親の顔色見過ぎていやしないか。なぜいつも飄々としているのか。腹の立つことはないのか。

そして結論は、「ここもやる!そんなちょっとむかつく奴の分もやったら、我々も本物だってことよ!」と私は宣言。(何をもって本物なのか、よくわかりませんが・笑。)そうくんも「敵にも塩を送る(敵であろうと、困っている人は助ける)、だね」と賛同してくれ、ふたりできれいにすべての駐車場前の道も雪かきしたのでした。

でもでも、私思うんです。雪かきすることで、家の周りはきれいになり、そこを通る人は歩きやすくなり、いいことしかないじゃん、って。それはつまり「人の役に立っている」ってことで、それって人が自信を持って生きていくのに必要な要素。つまり自分のためにもなっている。自分の居場所を自分で作る行為だと思うのでした。
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by higumake | 2014-02-10 21:42 | 日々のくらし


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