なるほど~な話

「ほぼ日」を開くと最初のページにある、糸井さんのエッセイが好きです。
毎日書かれていて、見逃すと読めなくなっちゃうのがまたはかなくいい感じでもあって。
でも、ほほう~とうなるものが多くて、そういうのは残しておきたいと、
おことば手帖(日常で気に留めた言葉を書き留めておくノート)にメモしておいたりもする。
昨日のエッセイもなるほど~と思いました。



・なにか、いい仕事をやってる人がいて、
 その仕事のことや、その人のことが、
 たくさんの人たちに知られて評判になっていくと、
 いつのまにか「あら探し」がはじまる。
 
 かつては、週刊誌などがそういう役割をしていた。
 「どんどんおだてて上らせて、はしごをはずす」のが、
 マスメディアのやることだと言われていた。
 それは、わりにわかりやすい。
 上らせるときと、落とすときと、
 二度、記事(商品)がつくれるからだ。
 そういう商品を買う人がいれば、つくる人もいるわけだ。
 
 だが、インターネット以後は、
 週刊誌だとか芸能ニュースみたいなものでなくて、
 無数の個人が群がって、そういうことをする。
 万全の構えで仕事をしているはずの大企業だって、
 弱点やら無能やら、時には悪事だってあったりする。
 若い人や、走り出したばかりの人たちのことで、
 「あら探し」をしようと思ったら、
 いくらでも見つかるかもしれない。

 だいたい、そんなことを言っているぼく自身でも、
 なにかうまくいってる人やチームについての、
 足りないところ、弱いところを探すなんてことは、
 無意識のレベルでさえやっている。
 そして、人のやるさまざまな「あら探し」は、
 ネット上で、いつでもいくらでも読むことができる。
 冷静に「あら探し」を読んでいると、
 大部分が、浅くて平凡なところで、
 通りすがりに捨て台詞を言ってるようなものだ。
 たぶん、ほんとうに大事なことを言うなら、
 もっとちがう方法で伝えるのだろうし、
 ほんとうに大事なことを思いつくほど考えてない。
 だいたいの動機は「おれのほうがえらい」と
 言いたいだけなのだろう(と、逆あら探し)。 
 しかし、思えば「あら探し」だらけの世の中で、
 あらを探される側になっているということは、
 ものすごいことだよ、と言えるよ。
 がんばれ、「あら探されてる」やつら。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「アラサガシー」と「アラサガサレー」、どっちになる? 
「ほぼ日刊イトイ新聞」2015年11月16日


こういうことは、どの世界でも起きるのがミソ。
父母会みたいな場所でも起こるよ。
そこが目立っていて、それがけっこう楽しそうだったりすると、
愛憎まみえるらしい。
嫉妬の一種でもあるのだろうな。


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by higumake | 2015-11-17 00:00 | 日々のくらし


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